子安塔(こやすのとう)

子安塔

子安塔

子安塔は、明治44年(1911)本堂の真南に移築されるまでは仁王門の手前にありました。安産の祈願所として信仰を集めており、三年坂の別称「産寧坂(さんねいざか)」は、子安塔への参道であることから付けられたといわれています。

高さは約15メートル、塔内に安置されている千手観音の胎内には、約6センチメートルの観音が収められています。

西京祇[祇]園神社[神社]ノ景

西京祇[祇]園神社[神社]ノ景

奈良時代、聖武天皇の皇后である光明皇后が祈願し、聖武天皇が建立した(※)という伝説を持つ塔ですが、現在の建物は、平成の大改修における解体修理の過程で、明応9年(1500)の墨書が発見されたことから、室町時代後期の再建とされています。

(※)
参考①から。また、聖武天皇と光明皇后が祈願したところ、孝謙天皇を授かったので、光明皇后が創建したとも別の項で書かれています。
本堂舞台から子安塔を望む

本堂舞台から子安塔を望む

子安塔付近からの展望

子安塔付近からの展望

もう一つの子安

三重塔

三重塔

経堂と西門の間に位置する三重塔は、嵯峨天皇が清水の観音に皇子誕生を祈願したところ、成就したため、承和14年(847)葛井(かどい)親王(※1)が勅命により創建したと伝えられています。参考①によると、『平家物語』は児安の塔の名で登場し、『増補清水寺縁起』(※2)によれば、子安の塔として崇拝されたとされています。

(※1
父は桓武天皇、母は坂上田村麻呂の娘の春子で、嵯峨天皇の弟にあたります。
(※2
名前だけで考察すると、『清水寺縁起』に類する書物に書き加えたものになりますが、どういったものか不明(調べてない)です。

現在の塔は、寛永9年(1632)に再建されたもので、高さは約30メートルあります。

参考文献
  1. 横山正幸『京都清水寺さんけいまんだら』(京都 清水寺)
  2. 古写真データベース『西京祇[祇]園神社[神社]ノ景』(国際日本文化研究センター)