清瀧権現と清瀧宮

清瀧権現は、醍醐寺の開山である聖宝の夢に出てきた女神で、聖宝はこの女神を醍醐寺の鎮守として上醍醐に勧請されました。名は、女神が元々唐の都長安の青龍寺を守護していて、空海の帰国とともに日本に渡ってきたことに因んで付けられています。

寛治2年(1088)清瀧宮が創建され、翌年遷宮されました。また、永長2年(1097)下醍醐に分祀されています。

清瀧宮本殿 | 下醍醐

清瀧宮本殿

永正14年(1517)に再建されたものです。

清瀧宮拝殿 | 下醍醐

清瀧宮拝殿

手持ちの資料に記載がないので、公式サイトより引用、また、本殿と拝殿共通の説明なので、「社殿」と「整備」の意味合いにも注意が必要

"現在の社殿は永正14年(1517)に再建され、慶長4年(1599)、座主・義演(ぎえん)僧正により拝殿の整備が施されました。"

清瀧宮本殿 | 上醍醐

清瀧宮本殿

昭和14年(1939)に焼失し、その後、再建されたものです。

清瀧宮拝殿 | 上醍醐

清瀧宮拝殿

永享6年(1434)に再建されたものです。

参考文献
  1. 平凡社『京都・山城寺院神社大事典』