清閑寺

清閑寺の歴史

清閑寺は、真言宗智山派の寺院です。

その起源は、延暦21年(802)比叡山の紹継によって天台宗の寺院として創建されたことに始まります。一条天皇の御代(986-1011)に勅願寺となり、寺号を「清閑寺」とします。本尊は菅原道真の作と伝わる十一面千手観音菩薩で、現在も本堂に祀られています。

鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて、道我、賢俊(※1)といった真言宗の僧が清閑寺で過しており、この頃に改宗したと考えられています。

明治政府の上地令により衰退。昭和初期に境内整備が行われ、現在に至ります。

郭公亭(かっこうてい)

安政の大獄により、幕府から捕らわれそうになった、清水寺成就院の住職月照と薩摩藩の西郷隆盛が都から逃れるための密議を行ったとされる茶室です。鐘楼(※2)の上方にありましたが、平成3年(1991)に解体されています。

(※1
(1299-1357)足利尊氏に付き従い、後に醍醐寺座主、東寺長者などの要職を歴任しています。
(※2
享保15年(1730)の再建
last update
2015-05-02