平安神宮は、平安遷都を行われた桓武天皇をお祀りするために創建した神社です。昭和15年(1940)より、孝明天皇を合祀しています。

東京奠都よって京都の空洞化が進んでいたことから、その対策として、桓武天皇が平安遷都から1100年を記念(※)して行う祭典「平安奠都千百年紀念祭」の開催と、第4回内国勧業博覧会の誘致が行われます。その象徴として、平安宮の正庁である朝堂院を模した平安神宮の造営が計画されます。
建設地となった岡崎は、幕末は各藩の屋敷が建ち並んでいましたが、この頃は水田と蕪(かぶ)畑が広がる田園地帯となっていました。

(※)
開催が明治28年(1895)となったため、「桓武天皇が平安遷都から大極殿で最初の正月の拝賀を受けた延暦15年(796)から1100年目を記念する」という名目になります。

祭典に合わせて、道路や宿泊所などが整備され、明治28年2月には日本初の市街電車が開通します。平安神宮の社殿は、朝堂院を約8分の5の規模で復元したものとなり、同年3月に完成しました。
博覧会は4月1日から7月31日まで、紀念祭は10月22日(※)から3日間開催され、寺社は「特別拝観」として、建物や宝物を一般公開をするなど、祭典開催における一連の事業は、現在の観光都市京都としての基礎となっています。

(※)
旧暦の延暦13年10月22日、桓武天皇は平安京に入られました。

皇紀(※)2600年の節目にあたる昭和15年(1940)に孝明天皇が合祀される事となり、それに合わせて社殿の整備が行われます。東本殿に桓武天皇、西本殿に孝明天皇が祀られ、内拝殿、神楽殿、額堂といった建物はこの時期に造営されました。

(※)
皇紀(神武紀元)は、太陽暦への改暦とともに導入された紀年法で、初代天皇である神武天皇が即位された紀元前660年を元年としています。

昭和51年(1976)放火テロにより、本殿、祝詞殿、内拝殿が焼失してしまいます。再建は本殿が2棟から1棟になるなど、放火前と異なるところもありますが、3年後に完了しました。

平成27年(2015)9月、神宮道と岡崎公園の再整備に伴い、應天門から大鳥居を繋ぐ神宮道の北側約120メートルが歩行者専用の歩道「岡崎プロムナード」になりました。

時代祭

紀念祭の余興として、翌日の25日に行われた「時代行列」を起源としています。

明治維新から平安時代までの各時代の衣装を纏った行列が、京都御所から平安神宮まで行進するもので、‘京都が日本の首都として千有余年にわたって培ってきた伝統工芸技術の粋を動く歴史風俗絵巻として内外に披露することを主眼’(※)とし、紀念祭の翌年より、毎年10月22日に行われています。

(※)
平安講社本部発行『時代祭』より

神苑

明治23年(1890)に開通した「琵琶湖疏水」の水を引き入れることによって作られた、約3万平方メートルからなる池泉回遊式の庭園です。

西神苑、中神苑、南神苑は創建時からのもので、東神苑は明治末期から大正初期にかけて作庭されました。東神苑の泰平閣と尚美館は、京都御苑で開催されていた京都博覧会の建物を移築したものです。

大鳥居

大鳥居昭和3年(1928)に昭和天皇の即位の礼を記念して造営が始められ、翌年に完成しました。高さ24メートル、幅18メートル、鉄筋コンクリート及び鉄骨造りの明神鳥居です。

大鳥居の南にある慶流橋は、博覧会会場の正門の橋として明治28年に開通し、昭和38年(1963)に鉄筋コンクリート製の橋に架け替えられました。

参考文献

平安講社本部『時代祭』

都市史29 京都の博覧会 - 京都市

都市史30 平安遷都千百年紀念祭 - 京都市

京都岡崎魅力づくり推進協議会『地図で読む 京都・岡崎年代史』

京都市動物園『みんなの京都市動物園』

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