上七軒

上七軒(かみしちけん・かみひちけん)

文安元年(1444)北野天満宮の社殿の一部が焼失。社殿再建の余材を使い、北野天満宮の東門前には参詣の休憩所として七軒の茶屋が建てられました。茶屋は「七軒茶屋」と呼ばれ、「上七軒」の起源となります。

天正15年(1587)豊臣秀吉が催した北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)では、上七軒が献上した「御手洗団子」を秀吉は大変気に入り、上七軒には茶屋を商う権利が与えられます。これを契機に門前町として栄えていった上七軒の茶屋では、定紋を御手洗団子としていました。

御手洗団子を奉納する慣わし

上七軒に置かれていた駒札には、"毎年秀吉を祀る豊国神社に御手洗団子を奉納する慣わしがあった。"と書かれていますが、廃絶する前か明治になって再興された豊国神社なのかは、判別できませんでした。

嵯峨野文化通信 第254号 - 公益財団法人有斐斎弘道館

上記サイトの『北野の芸能と茶屋』の項から察するに、恐らく廃絶前と思われます。また、この項には下鴨神社にも奉納されていたと書かれていますが、下鴨神社は御手洗団子の発祥の地といわれています。(下鴨神社の御手洗池の底から湧き出る泡を模り造られたのが御手洗団子という言い伝えがあります。)