勧修寺 観音堂

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勧修寺の歴史

勧修寺は、真言宗山階派(やましなは)大本山の門跡寺院です。

醍醐天皇の母である藤原胤子の菩提を弔うため、祖父の宮道弥益(※1)は自身の邸宅を喜捨し、昌泰3年(900)承俊を招き、勧修寺を建立します。

皇族と縁があり、鎌倉・室町時代に最盛期を迎えますが、応仁・文明の乱で衰退、江戸時代に入り、宸殿・本堂・書院などが移築され、再興していきます。書院の前にある灯篭は、徳川光圀の寄進といわれています。

境内には勧修寺氷池園といわれる池泉庭園があり、池は氷室の池(※2)といわれています。近くにある観音堂は昭和初期の建物で、楼閣風の造りになっています。

尚、勧修寺は「かんしゅうじ」と呼ばれていますが、寺の正式な呼称は「かじゅうじ」といいます。

(※1
宇治群の大領で、醍醐山も弥益の所領であったとされています。
(※2
‘古く平安時代には、毎年1月2日にこの池に張る氷を宮中に献上し、その氷の厚さに依ってその歳の五穀豊凶を占ったと言われ、京都でも屈指の古池になっています。’(勧修寺のPOST CARDより)

勧修寺の画像

勧修寺 宸殿
宸殿
勧修寺 観音堂
観音堂
勧修寺 本堂
本堂
勧修寺 書院
書院
勧修寺 氷室池
氷室池(氷室の池)
勧修寺型灯篭
勧修寺型灯篭
勧修寺 山門
山門

境内
勧修寺 観音堂
観音堂
勧修寺 宸殿
宸殿
勧修寺 臥竜の老梅
臥竜の老梅
last update
2012-05-15